八代亜紀

六条御息所の恋 – 八代亜紀

あの世が この世に あったらいいのに
殺めて 抱かれて 一緒になれた

愛は いつも遠い花
まるで 彼岸の弔い花よ

慈しんで 狂おしくて
捨てられても 忘れられず
戯言でも 泡沫でも
私だけが 戻る場所なのと
そっと信じた けれど信じた

遠い御世に、
六条御息所という高貴なお方がおられました。
光源氏の君が思いを寄せ、通われるようになりました
年下の、稀代の貴公子……戯れのつもりが、いつしか深くとらわれた
なのに君は、離れていった
愛した人にうとまれる
葵祭で君のお姿、ひと目見ようと出かけたが
鉢あわせたのはその人の妻、葵上
牛車の場所取り小競り合い
そこをどかぬか、どけ、どかぬ
そのとき従者が言った一言。この、愛人風情が!
御息所のお心は、壊れて崩れてゆきました

運命(さだめ)が 剥がれて 消えたらいいのに
あなたも あたしも 無垢になれた

愛の 詩は哀しみを
隠す 単衣にもなれない

愛は死んで 人は生きる
その狭間に 時は流れ
報われない 情念(おもい)だけが
今も街に 木霊してるよう
今日も誰かの 恋に憑こうと

葵上が懐妊と風のたよりに聞きました
愛はもはや戻らない 受けた恥辱はそそげない
心をゆるしたばっかりに、
御息所は引き裂かれ、病に伏せる身となった
身は臥せりつつ魂は、その体を抜け出でて
葵上の伏す床へ、
ああ憎い恨めしい
寄り添う君に病床の、妻はなにやら語りだす
しかし声は妻にあらず 様子はまさしく御息所
妻にとりつく物の怪は、あああなたであったのか
恋は消え果てあとかたもなく
残るは嘆きのため息ばかり

慈しんで 狂おしくて
捨てられても 忘れられず
戯言でも 泡沫でも
私だけが 戻る場所なのと
そっと信じた けれど信じた

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