山口瑠美

長編歌謡物語 至高の王将~三吉、小春の物語~ – 山口瑠美

苦労升目は八十一の 命削った端切(はぎれ)坂
女房子供にゃすまないけれど 退くに退けない端歩(はしほ)突き
将棋の鬼と世に謳われた 王将坂田三吉と女房小春の物語

千里飛び越す 飛車角も
合いの歩一つで 手が詰まる
胸突き八丁 棟割長屋
明日のあてない 暮らしでも
いつかト金で 竜を斬る

「小春、生きとったんかあ!よかったよかった。ワイは心配で心配で…」
「あんた、わてがどないな気持ちで生き恥さらして帰ってきたんか、
分かりまっか?この子等の手引っ張って今宮はんの踏み切りに
飛び込もうとした時に、玉江と義雄が何て言うたか、
あんた知りはれしまへんやろ!−あたいらがお母ちゃんといくのは
かめへんけど、残ったお父ちゃんはどうすんの。
お父ちゃんはご飯もよう炊かはらへんし、お腹すいて死んでしまいはる、
可哀想や。−……て、そんな事言うたんやで。」
「アア…堪忍や堪忍や、小春堪忍やで。ワイは目が覚めた。
勝負師や、素人名人やら言われてのぼせとったワイが悪かった。
ちょっと待ってや……エエイこんなもんこうしてやる。」
「アッ、何しはりまんねん。」
「かめへん、かめへんねん。小春、ワイはもう金輪際将棋は指せへん。
お前らに苦労はさせへんで。」
「あんた!」

闇に突き出た通天閣の 赤い灯青い灯瓦に反射(はね)て
寝返り打った三吉の 目に涙止め処なく
阿弥陀ヶ池の藤の茶屋 屈辱無念の千日手 何で忘れられようか
そっと表に忍び出て 割れた板目を接(つ)いでみる

「あんた」
「アッ小春、何や今時分‥‥。」
「あんたは本真に将棋が好きなんやな。よっしゃ、かめしまへん。
そんな好きな将棋やったら思う存分指しなはれな。
今日からわてがあんたの面倒みますっさかいに。
それが女房の務めかも知れへん。せやけどな、その代わり、
将棋指すんやったら日本一の将棋指しになりなはれや!」
「わかったで小春、わいは日本一の将棋指しになったるで!」

過ぎにし春秋 幾星霜 将棋の鬼と身を化して
西の坂田三吉と 天下にその名が鳴り響く
桜花爛漫 春穏やかな 築地倶楽部の対局は
関根金次郎八段と 銀を泣かせた大勝負

「お父ちゃん、行ったらあかん。関根はんには何遍も勝ってんのに、
そやのに何でお母ちゃんがこんなときに
あの人のお祝いに行かなあかんの!」
「玉江、お前には分からへん。お母ちゃんだけや
お父ちゃんの気持ち分かってくれるのは。
小春やったら早よ行け言うて怒りよる。ほな、お父ちゃん行ってくるで。」
「関根はん、坂田でおます。十三世名人襲名お目出度うさんです。
お祝いに来ましたんや。」
「オウッ、坂田さんよく来て下さいました。有難う御座います。
私はあなたのその言葉がなによりも嬉しい。」
「わてもあんたには、色んなこ事教えてもろうたさかい。」
「イエイエ、私にとってあなた程恐い人はいなかった。
あなたこそ真の名人だと呼ばれるべきだ。」
「関根はん…」
「先生、大変だす。奥さんが、小春さんが…」
「何や電話か。小春がどうしたって。玉江か、エッ、小春が危篤やて、
危篤てなんやなんのこっちゃ。小春出して、早よ小春出してえな!
小春、小春、何や、何で返事せえへんねん。
死んだらあかん、死んだらあかんで。
お前が死んだら、わては明日からどうやって将棋指したらエエねん。
なあ死になや、死んだらあかんで、小春!」

貧乏十八番(おはこ)と 笑うて泣いて
苦労一生 背負(しょ)い込んだ
今池堀に 通天閣の
潤むネオンが 揺らぐ頃
み空に小春の 灯が点る

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