せきぐちゆき

第二十六冊十五頁 – せきぐちゆき

お願いがあります 僕の部屋には
何十冊ものノートと
紙切れが散らばってますが
僕がもし居なくなったら
それらを全部 誰にも見せず
焼いて 捨てて下さい
僕の人生の欠片たちを
やわらかな手で葬って欲しい

けれどひとつ
きみに見せたいものがあります
表紙に「第二十六冊」と書かれた
ノートの頁(ページ)を十五
めくったところを見て下さい
愛の詩(うた)が書かれてますが
きみのために綴ったものです
これだけは残して欲しいんだ
きみの記憶の隅にでも

この手紙が届いたのは
あなたが しばらく会えないと言って
二日後の事でした 春の雷が
雲の後ろで うごめいていた
取るもの取らず
靴すらまともに履けず
降り出した雨さえ気付かず
ずぶ濡れで開けたドアの向こうには
弦の切れたギターだけが息をしていた

何十万もの人の叫び声響くステージから
きみにだけ
いつか愛の歌を贈るよと
約束した夏が昨日のよう
楽しみだわと答えたけれど
私二人きりで良かったの
狭い部屋の中で良かったの
あなたさえ居てくれれば

幸せとは何なのでしょう
冷たい頬に問い掛けた
幸せとは勝ち負けですか
勝者は誰ですか

約束通り 全て燃やしたわ
あなたが生まれた日の朝を
見たこともないのに思い出していたわ
最後は何を想っていたの
今日もテレビでは
新たな歌姫(ディーバ)が生まれ
私はたまらずチャンネルを回す
そして何にも持たずに出掛けるの
私だけの特別なコンサート

そこは「第二十六冊」と書かれた
厚紙の扉が入り口で
席は左から十五番目
お客様は私ただひとり
白い光が彼を照らし
注がれる言葉の眼差し
誰か彼の名を知ってますか
素晴らしい歌い人を

アンコールを叫んでみても
二度と幕は上がらない
闇の中でいつまでも揺れてる
心のともしび

決して忘れないわ
ずっと覚えてるわ
この愛の詩以外
何も覚えないわ

アンコールを叫んでみても
二度と幕は上がらない
幸せとは勝ち負けですか
勝者は居ますか

幸せとは何なのでしょう
冷たい夜に問い掛けた
あなたは今 幸せですか
幸せですか

あなたは今 幸せですか
幸せですか

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