夏樹陽子

  • よこはまメランコリー – 夏樹陽子

    月日の流れはうたかたの夢。他人の夢に関(かゝ)わる事なく、人は生きて参ります。それでもこの町には今も……どこかで女のしのび泣き。 本牧裏通り 灰色かもめ雨でもないのに 何を泣く酒場は早終(はやじま)い 酔いどれ女あかりを消したら すゝり泣くだれが悪いと言うのじゃないがアメリカ名前のあの男………もう帰らない、そうさよこはまメランコリー 外人墓地裏に 名もない花が風でもないのに 闇に散る船なら出て行っ…

  • 雨がもえている – 夏樹陽子

    あゝゝ……雨だね雨がもえているしとしともえている昔がもえているしとしともえているおんなひとりが死んだまゝ生きておんなひとりが生きたまゝ死んで時が流れて雨になったのさあゝゝ……雨だねよこはまは 雨だね 黒船、ガス灯、異人さん、文明開化のよこはま村は、それはもう、にぎわっていたものでございました。でも……その異人さんに囲われる女には、にぎわいも無縁のものでございました。らしゃめん……。ひえびえとした嫌…

  • 黄昏らしゃめん通り – 夏樹陽子

    からからと からからと 馬車が行くらしゃめん らしゃめん 馬車が行くからからと からからと 馬車道に売られた女の 馬車が行くつぶて投げなよ あたいの胸に傷あとつけなよ 赤い雨の糸いたくはないんだよ…… いたくはないんだよ……泪も枯れたのさ からからと からからと 馬車が行くらしゃめん らしゃめん 馬車が行くからからと からからと 石だたみたそがれ馬車道 花が散るつぶて投げなよ 仕方がないよけものに…

  • びいどろ草紙 – 夏樹陽子

    異人屋敷に秋が来るひとつおぼえのメリケン節をくり返す くり返す あゝくり返す酔いざめ心地で一枚めくったびいどろ草紙に あたいが見える凍った心に 身体ひとつが身体ひとつが もえて行く 異人屋敷に風が吹く波止場真近の黒船あかりゆらゆらと ゆらゆらとあゝゆらゆらとらんたんともして一枚めくったびいどろ草紙にあたいが見えるギヤマン模様の 赤いお酒に赤いお酒に 酔いしれて 異人屋敷に彼岸花地獄のぞいた女の小唄…

  • ギオロン節 – 夏樹陽子

    みだれ髪くしけずる淋しい音色ギオロンのいつかおぼえた弓をひくむらさき絵の具で刷(は)いたよなおんな心でございますおんな心でございます 白い胸つやぼくろ小指でなぜるギオロンはおえつ混りのむせび泣き抱かれて燃えない女でも燃える昔がございます燃える昔がございます どうしてだか分からない………。あたいに優しい昔なんかないはずなのに、あゝ、抱かれ乍ら、昔を思い出してるなんてねえ。 帯ほどくたそがれのいさり火…

  • 暗い火 – 夏樹陽子

    どうして………どうして身体がもえて行くの。心はつめたく冷えきっているのにさ。消してよォ………暗い暗い火だよ。 もえる もえるあたいのどこかでもえる暗い暗い暗い 地獄の火みえる みえるあたいのどこかにみえる暗い暗い暗い さだめの火あゝゝ……あー あー あー あー …… けもの けものあたいはおろかなけもの暗い暗い暗い 地獄みちおちる おちるあたいはひとりでおちる暗い暗い暗い 地獄みちあゝゝ……あー …

  • 風のめりけん桟橋 – 夏樹陽子

    夢からさめればガス灯が花を咲かせる暗い空異人祭りにもまれて酔ってどうせ異人になれもせずらしゃめん衣装が風に鳴るひゅるる ひゅるる ひゅるるる……肌が寒いよ めりけん桟橋 かもめのむくろを抱きしめりゃ染めた髪の毛風に散るだいておくれよ あたいもむくろどうせこの世の つまはじきらしゃめん衣裳がまといつくひゅるる ひゅるる ひゅるるる……なんでにぎわう めりけん桟橋 あゝ………あゝ………あゝ……… ひゅ…

  • 居留地三十九番地 – 夏樹陽子

    居留地はネ、書生さん、よこはまにあってもよこはまじゃないんだよ………。あたいもネ、にほんの女でも、にほんの女じゃないんだよ。 あたいに恋しちゃいけないよあたいをたずねちゃいけないよ居留地三十九番地あたいのくさりが見えるだろ末に望みを抱く人はあたいを抱いてはいけないよごらんよ………このかおをらしゃめん化粧は 毒の花 また来たのかい………。知らないよ。あんたに迷惑がかゝったって。あんたの将来をどうする…

  • 夢のまた夢 – 夏樹陽子

    あの人は……。捕えられて……今ごろはひとにぎりの灰。あたいもいずれ、そうなるさだめ。いゝさ……どうせ人じゃない。らしゃめんじゃないか……はははは。 夢を………夢をみたよな気がしたよ潮の………潮の匂いがしていたよよこはま まぼろし 夢まくらおんなは泪で………紅まくら 夢の………夢のまた夢 人の世はどうせ……どうせ暗がり夜つゞきよこはま らしゃめん つけぼくろはだけた胸には………夢のあと 夢の………夢…

  • けもの雨 – 夏樹陽子

    死んでもいゝんだよ雨にうたれてさ………この手をはなさずに抱きあったまゝならあんたが望みを捨てたからさあたいのいのちも捨てたっていゝあゝ なけなしのいのち雨ん中 雨ん中 おわれて逃げるのがこんなに こんなに楽しいなんて……… 雨よもっとふっとくれ……ふたりの足跡を消しとくれ……あたいの化粧を流しとくれ…… 生きてもいゝんだよ雨がやまなけりゃ………よこはまあとにして生きられるものならあんたが行く末捨て…

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